未踏の地・九州を走り抜けるツーリング 6日目(別府〜阿蘇〜宮崎)

九州ツーリング6日目です

ようやくこの旅も半分を越えた感があります。(このペースなら年内に北海道編も間に合うかも・・・。)この日は別府から阿蘇をかすめて宮崎へ抜けるという無茶なルート。

せっかく別府に来たんだから温泉の一つも入らないとね!と思ったら泊まったビジネスホテルに露天風呂がついていたでござるの巻。すっかり満足して、別府市内の地獄巡りに出かけました。

地獄の街・別府

地獄って言ったって、どうせ温泉が湧いててぼこぼこ湯煙がでてるだけでしょ?

その通りでした。

いつも通り、全く下調べせずにぷらぷらしてきて、この記事を書いている今現在になっていろいろと調べてるんだけど、「地獄組合」なんてのがあるみたい。女性バスガイド発祥の地だったりと、観光にかける情熱はすばらしい。
しかし各地獄を廻るにはそれぞれ入場料がかかるのです。1カ所あたり400円。パンフレットに載っている8カ所すべてを廻ると3200円・・・ゴクリ。しかし地獄の沙汰も金次第ってことで(うまい事言ったつもり)、共通フリーパスが2000円で買えるとのこと。こりゃ便利。

きれいなコバルトブルーの水面から立ち上る湯気。青いのは硫酸銅?

当然、熱いのです。

以下、同じような写真をお楽しみ下さい。

 

 

白池地獄、血の池地獄、海地獄、山地獄・・・正直4カ所もみれば十分すぎるよね。どうすんだよこのフリーパス。

各地獄には個性的な施設が併設されており、バブルの面影を残しつつ、B級感を盛り上げてくれます。

amazonの大王魚 ピラルク
ブランカステージの後ろにぶら下がっている魚です。

ワニ園。多すぎて気持ち悪い。

動物園があったり・・・。このゾウのダイヤちゃん(♀)は僕とタメ年。この写真を撮った後にケツを向けてバカでかい屁をしました。ゾウの屁ってマジ臭い。

別府に来たら立ち寄りたいスポットですが、全ての地獄を廻るのはお勧めしません。一人でまわると結構地獄です

温泉卵と温泉プリンを食べて、次の目的地に向けて出発。
(ピントが親指に・・・)

久住高原 九重夢大吊橋

別府の街からは元来た道を帰るルート。途中、湯気が上がる別府の街を撮りたくて登った展望台で地元ライダーとおぼしきBMWツアラーのオジサンに話しかけられる。が、半分くらい何話してるか聞き取れなかった・・・ごめんなさい。やっぱ地元の人は訛りが強いね。丁寧に道案内してくれたのにあまり理解できずに申し訳ないことをしてしまった。

由布院の街を抜け、阿蘇方面に向かって走るやまなみハイウェイは快適そのもの。信号ないし、周りは見渡す限りの緑、程よいコーナーと走りやすい路面。各種ツーリング誌で人気スポットとして取り上げられるのも頷けます。

標高が上がったのか、ちょっと肌寒くなる頃、目的地に到着。
日本一の大吊り橋だそうです。

なげえええええ!

反対側から。

でけえええええ!

渡るには500円の入場料がかかります。実際に歩いてみると、その大きさがより実感できるのです。ちなみに足下は金網になっているので高所恐怖症の人はマジオススメ。いい大人が一人革ジャン姿で立ちすくむところでした。

この辺は由布院辺りとセットで観光する人が多いみたいですね。
夏も気持ちいいだろうな-。

久住高原~阿蘇山

さーこっからが九州の美味しいところ。阿蘇エリアに入っていきます。

長者原は戦場ヶ原みたいな雰囲気。夫婦ツーリングの人と喋ったり、団子汁食べたり。団子汁は固まったうどんの煮込みって感じでした。九州の家庭料理ですね。
てか、このツーリングスゲー人に話しかけられるの。川崎ナンバーだから?一人だから?でもそれなら去年の四国だって一人だったしとちぎナンバーだったし。謎である。

さらにやまなみハイウェイを走ると周りが野焼きした牧草地帯に。
ミルクロードに入り、大観峰へ。

外輪山の大観峰から。正面に見えるのが阿蘇山、その手前に広がる田んぼとかある谷がカルデラ。カルデラの中に普通に街があるんだね。規模がでかすぎて最初は全く気付かなかったよ。
ちなみにこの時、革ジャン着てても震えるくらい寒かったのです。

これからが ほんとうの じごくだ

だんだん日が傾いてくると、無計画ツーリングの帳尻あわせが始まるのです。この日は阿蘇エリアをさらっとかすめて、あわよくば高千穂もつまみ食いして、宿はどこに取ったっけ?と思ったら宮崎市内だったでござるの巻。こっから200kmくらいあるんじゃないの?地獄巡りなんてしなけりゃよかった!ここからが本当の地獄だ!

有名な阿蘇の草千里。澄み切った青い空からは想像できないくらい寒かったです。皮肉なことによく撮れてる写真ですが、この一枚を最後にこの日の鬼走行がスタート。

弱々しく傾く太陽。深みを増す木々の陰。気力と体力を削り取る高原の冷たい空気。終わりの見えない山道。そして有名スポット高千穂高原をスルー。宿題がまた増えました。手足の感覚が鈍くなる頃に延岡の街が見えてくる。延岡、延岡と言えば旭化成の街。そういえば延岡勤務になったポスドクの人は元気だろうか。その程度の知識しかない延岡の街なのにあと数キロの表示がもどかしい。早くたどり着きたい。おねがいしますごめんなさい。やった、やっと標高が下がる。人通りがある。コンビニがある!缶コーヒーで暖まって再スタート。いつか走った国道10号を走りながら道路標示を見て宮崎までの距離h・・・85キロ・・だと・・?これまたこの国道10号の流れが遅いのなんのって、ああそういえば九州は東側だけ高速が通ってないんだった。流通道路も生活道路もこの道一本が受け持ってるもんだから一般の家庭は晩御飯の時間だってのにアホみたいに混む。たまに登場するゆずり車線を心待ちにしすぎると、その先にいるねずみ取りの餌食になるので注意が必要です。久々に後輪ロックした。絶望的な片側一車線から、不自然に豪華な片側二車線になり、両側に南国の木が生え始めると宮崎はもうすぐ。シーガイアの看板が見えてきます。

以上、改行なく詰め込んで書くことで僕の切迫した状況が少しでも伝わればこれ幸い。精も根も尽きて、宮崎の東横インにすべりこみました。

おつかれさまでした

食べログで調べたこのお店、地元ではかなりの人気店で、宮崎を知る各方面の知人に電話したところ「予約無しでよく入れたね」とのことでした。確かに壁には沢山芸能人のサインが飾ってあった。エグザイル(笑)

最近では川崎駅前の宮崎地鶏の店に傾倒している僕ですが、本当に宮崎の鶏料理っておいしいですよね!考えてみたらこのツーリングに来るまで宮崎の鶏料理って意識して食べたことなかったかも。チキン南蛮は神の食べ物。

宮崎市街もどこにでもあるような地方都市なんですけど、繁華街の飲み屋の件数が半端じゃない。それこそ首都圏レベルの密集具合。みんなどうやって飲みに来るの?と思うと、みんな普通に車で来る。んでコインパーキングに停めると隣が代行。代行の料金も細かくクラス分けして表示されたりしてて、関東のそれとは別物のようでした。
そもそも宮崎の人が酒好きなのもあるかもしれないけど、夜の宮崎はとても賑やかで活気がありました。

別府~阿蘇~宮崎 まとめ

結局、別府で入った風呂はビジネスホテルの温泉だけでした。要リベンジ。

メーター読み:342km
下道・山道ではこれくらいが限界。

読んで頂いた方は誠にお疲れ様でした。

未踏の地・九州を走り抜けるツーリング 5日目(長崎~佐世保~別府)

九州ツーリング5日目です

2泊滞在となった長崎ともお別れして、次の目的地に向かうのです。次来るときこそは、軍艦島行って、文明堂のカステラ食って、桃鉄でおなじみのびわゼリーとかも食べたいですな。軍艦島は年間100日前後しかクルーズできないそうです。1/3と言えばそんな確率低くもなさそうなんですが。

また元来た長崎自動車道を北上。武雄JCTで西九州自動車道を佐世保方面へ行けば良いんだけど、手前から下道をトコトコ走ることにしました。東彼杵ICから国道205号で佐世保方面へ。途中何もない田舎道の雑木林を割ったような場所にハウステンボスが出てきてびびったわ。こんなアクセスの悪いところにあったんですね・・・。そりゃ経営m

佐世保の街も賑やか。何でか不思議なんだけど、九州の街ってみんな交通の便の悪いところにあったりするのに、どこに行っても活気があるんだよね。俺の地元なんて東北新幹線通ってる駅前でも活気のかの字もない。何が違うんだろ。

市街地を抜けると、バカでかい造船所と、米軍基地があります。こんなに船が主張してる街は初めてかも。街を外れて山道を登っていくと、本日最初の目的地に到着。

展海望からみる九十九島

バイク停めて、ヒーヒー言いながら階段登って、目の前に広がった景色がこれだよ。こういうすごい景色を前にすると俺って笑っちゃうのね。なんだよこれ。

ちなみにGRで撮った写真はほとんど暗すぎてカス画像でした。あまりの絶景に興奮して何枚も写真撮ったんだけど。上の写真はiPhoneで撮ったもの。

唯一マシであろう写真がこれ。
どうしても暗くなっちゃうんですよね-。晴れた日の屋外が課題。明るめにしておけば良いのかもしれないけど。

ちなみにこの時僕の周りは観光バスでやってきた老人団体でごった返していたのでした。なんで俺が狙ってくる場所ってこうなるんだろう。まあいいんですけど。

佐世保に来たんだし、お昼はやっぱり、

佐世保バーガー

博多では下調べ不足でまんまと一風堂に行く羽目になった俺だが、佐世保バーガーについて抜かりはなかったのだ。市内には全国展開している有名チェーンの本店があるみたいだけど、もっと地元の人が食べに行くようなお店が良いなと調べたのがここ。(食べログ調べ)

misarosso

大きめの通りからちょっと一本入ったところにあるお店。
そうそう、こういうお店が良いよね。

注文した品名を失念・・・。
恐らく最もスタンダードなハンバーガーを注文したはず。

で、これ。

こんなすごいのが確かセットで7、800円だったはず。関東で売られている佐世保バーガーとはなんだったのか。1000円くらいしますよね、あれ。

勿論一個でお腹いっぱいです。大満足。

腹が膨れたら次は大移動。

佐世保→別府

九州の西にある佐世保から東にある別府まで横断するよ!といってもこの間は高速道路が通っているのでサクサクと移動できます。佐世保みなとICから西九州自動車道へ、武雄JCTから長崎自動車道へ。吉野ヶ里とか久留米ラーメンの時に通った鳥栖JCTを超えると大分自動車道。
佐世保を出た時点で昼過ぎだったので、大分に入る頃には日もだいぶ傾いてきました。その上、山道なのでちょいと肌寒い。湯布院ICで高速道路を降りて、ちょいと休憩。誰もが行った方が良いよ!とお勧めしてくれる由布院駅前へ。

・・・が、ここバイクで来る所じゃないね。イメージ的にはこぢんまりとした軽井沢って感じ。駅前からは小洒落たお店が軒を連ね、平日だってのに観光客がわんさか歩いていました。実は由布院駅にある足湯でちょっと暖まろうと思ってたんです。でも駅前には勿論、周辺をまわってもバイクをおけそうな場所が見あたらなかったので、場違いバイク乗りはそそくさと由布院の街を発つことになったのでした。お勧めしてくれた皆さんごめんなさい。ここも次回来た時の宿題です。

別府の街から由布岳、久住高原、阿蘇へと繋ぐ有名な「やまなみハイウェイ」は由布院の街の南側を走っています。この道に乗って別府の街を目指します。

やっと写真が出てきたよ・・・由布岳を目の前に走るやまなみハイウェイは道幅も広く、爽快そのもの。

狹霧台から。今回のツーリングの積載の辛さがお分かり頂けるであろうか。キャリアがないとタンデムシート上にホムセン箱を縛り付けることになるのですが、シートが柔らかいから全く安定しない。仕事のせいにしてキャリア取り付けを怠ったのが原因です。まあ中途半端にキャンプ道具積んでくるより良かったかもしれないけどね・・・。

別府に着きました

何この駅・・・駅前に温泉が出てる・・・。駅前だけでなく、山道から見下ろす別府の街は至る所からもうもうと湯気が立ち上がるまさに温泉の街でした。

夕食は何を食べて良いかわからなかったので、食べログで評判の良かった天ぷら屋さんで天丼を頂きました。

5日目 長崎~佐世保~別府まとめ

メーター読み:347km
地方での高速移動は効率的ですが、非常につまらない。
そしてこの地図を作るのも結構大変。何か良い方法ないかな。

続きはまた来週・・・

未踏の地・九州を走り廻るツーリング 4日目(長崎~雲仙~諫早)

雨の長崎から一夜明け、この日は午前中雨が若干残るとの予報・・・

が、

晴れてるじゃん。しかも暑いし。
まあいいや。折角連泊するんだし、のんびり長崎市内観光することにします。バイクも東横インの駐輪場に置いておけるし。

長崎市内観光は路面電車で

市内の主要なスポットには路面電車で行けるみたいです。路面電車の街は愛媛の松山ぶり。しかも実際に乗るのは初めてかも。運賃は何処まで行っても120円。小銭用意するのが面倒なので500円で乗り放題の一日乗車券を購入しました。

路面電車の軌道は当然自動車の走る道路の中にあるので、教習所の学科以来見たことのない標識や信号がたくさんあります。松山の時も苦労したけど、ヨソ者にとっては街中を走るだけでもヒヤヒヤ。右折待ち時に軌道に近づきすぎると容赦ないクラクションを浴びることができます。近づいてることをお知らせしてくれてるんだけども。

そんなわけで最初の目的地に到着。

長崎原爆資料館・国立長崎原爆死没者追悼平和祈念館

長崎に来てここを訪れない訳にはいかないと思ったので最初に訪問。
資料館と平和祈念館は同じ敷地内にありました。

入口が近かったという理由で平和祈念館から。

地上のエントランスから、建物の周りをぐるっと回ります。
何だか綺麗にデザインされていて、意味ありげな形だなと思っていたら、きちんと能書きが書いてありました。大きい円形の水盤は「原爆死没者が求めた水をたたえるためのもの」、二つのガラスの柱は「爆心地の方向を示すもの」、夜になると点灯する水盤の中にある約七万個のLEDは「死没者数を示すもの」。

・・・・・。

祈念館自体は地下にあり、順路に従って進んでいくと被害者の手記や各種資料を見ることができます。地上に立っていた柱は地下二階まで続いており、その柱の間には被害者の名簿が保管してある「追悼空間」になっています。
流れとしては被害者の記録を見た後に、追悼空間で手を合わせる、という流れなんですけど、その前にある「追悼空間前室」って部屋が、「壁に被害者の遺影が浮かび上がる」という部屋でして、もうなんというかすごい所でした。

もちろん平日の午前中ですから、客なんて僕以外に2組くらいしかいませんでした。欧米系の外国人カップルは館内の写真撮ったりしてましたけど、とてもカメラなんて出せる気分なる所じゃないよここは。(そもそも撮影禁止だったような)何だか建物全体に外界とは違う空気が流れてて、言葉では表現できない厳粛な雰囲気でした。

隣の原爆資料館へは地下通路で繋がっていました。
というか、普通は資料館→祈念館の流れみたいですね。学んでから→追悼てことで。

こちらは打って変わって小学生修学旅行の大群。館内には原爆の衝撃でひしゃげた鉄塔など、当時の被害の様子を伝える物品が展示されているわけですが、

「うっひゃーーwwwスゲーーこれスゲーww」
「どれどれーーww」

みたいな雰囲気で一気に賑やかになりました。なんだこれ。

なんて感想にまとめたらいいか、適切な言葉が見つからないけど、とにかく来て良かったです。

原爆公園・平和公園

資料館を出て少し歩くとすぐに原爆公園に着きます。原爆落下の中心地だそうです。

小学生が合唱したり、折り鶴を飾ったりしていました。合唱聞いてたら涙腺がゆるんでしまった・・・なんだか調子がおかしいぞ。

お隣は有名な平和祈念像のある平和公園。

この公園も噴水があったりと、水を使った作り物が目立ちますね。
目の前の石碑に文章が書いてありました。読みたい方は写真をクリックして大きい画像でご覧下さい。少なからずショッキングな文章です。各施設で水が重視される理由がわかると思います。

平和祈念像です。露出が暗くて残念な写真ですが。
ここにも修学旅行生がずらり。あとアジア系の外国人旅行客。

これで一通りまわれたので路面電車で次の目的地へ。

長崎出島

出島って海にピョコってでてるヤツだよね?僕の泊まった宿の近くに「出島」って駅があったんだけど、海は全然遠いし、地図みても歴史の教科書に出てたような形がどこにも見あたらないじゃないの。
というわけでまずはその「出島」駅で降りてみましょう。路面電車の中は修学旅行の中学生か高校生でほぼ無法地帯でした。引率の教師は何やってんだよ仕事しろ。

ついた。

出・・島・・・?

出島は、1883年(明治16年)から8年間にわたって行われた中島川河口の工事によって北側部分が削られ、1897年(明治30年)から7年にわたって行われた港湾改良工事によってその周辺を埋め立てられ、島ではなくなった。
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%87%BA%E5%B3%B6

あー、埋め立てられちゃったんですね。この写真の門はかつてオランダの船が接岸して荷下ろしとかしてた所に通じるものだったそうです。ということはこの手前を走ってる道路あたりは海だったわけですね。

内部は1996年から復元が始まったそうで、綺麗に整備されています。

侍の格好した案内のオジサンがいろいろ教えてくれます。というか、やっぱ平日なのでお客さんはほとんどいないのです。観光客丸出しの若造が一人でプラプラしてると嬉しそうに話しかけて貰えます。

しかしさっきの原爆関係の施設巡りで結構消耗していたので、あんまりじっくりと見学することができませんでした。一番立派な「カピタン部屋」という商館長宅だけじっくり見てきました。出島の南側に位置していて、2階の出窓からは説明のおっちゃんがまた熱弁してくれる人で、当時オランダから極東の僻地に飛ばされる羽目になった人達の気持ちを自分のことのように話すもんだから聞き入っちゃったよ。『この出窓から遠い母国を想い眺めていたんですね・・・』って何言ってんだよ俺は。

施設自体は、長崎市が目玉飛び出るほど金注いで整備しているので、とても勉強になるんじゃないでしょうか。ただ、ちょっとコンパクトすぎて拍子抜け感もありましたが。

さて、島と言えば・・・

軍艦島は?

度重なる電話問い合わせの結果も虚しく、この日も高波うねりの影響により軍艦島クルーズは欠航となりました・・・。こんなに天気良いのに!

とりあえず、翌日の午前の便まで様子を見て、無理なら諦めることとしました。今回無理だったらまた九州来る口実になるしね!

ガッカリしたら腹減ったので昼飯を食う。

考えるのが面倒だったので長崎港にあるお店で海鮮丼を頂きました。
何処にピント合ってんだこの写真。美味しいお魚で御座いました。この辺の魚食ってる人は関東の海なし県の魚食ったら驚くんだろうな。

アテもなく走る午後 雲仙〜諫早

さて、お腹もいっぱいになったし、午後何すっかなー。長崎には他にも洋館みたいな所とか、教会とか、異国情緒的なスポットが沢山あるので、観光スポットには困らないんですけど、何か忘れてるんだよな−。

今日、バイク乗ってないですよね。

・・・というわけで東横インの駐輪場からバイクを引っ張り出して走り出したのです。でも何も決まってないんだよね。次の行き先としてモヤモヤと考えていたのは佐世保方面。よくわかんないけど、そんな遠くないだろうし行ってみるか。小腹空く頃に佐世保バーガー食って、長崎に帰ってくるのは遅くなってもしゃーないでしょ。

などと考えながら高速を走ってると高速のICの看板に「島原・雲仙」の文字・・・ゴクリ。雲仙って昔噴火した山だよね?そういや長崎だったけど全く計画の中に入ってなかったわ。噴火するって事は立派な山で、迫力ある景色とか、走り甲斐のある有料道路とかありそうだよね?

長崎から1区間で高速降りました。これがノープランの良いところ!

が、その後に襲いかかるノープランの悪いところ。高速ICからがクソ遠い・・・しかも雲仙方面に行く道が片側一車線の国道1本しかないもんだから流れが悪いのなんの。距離的には50km少々だったからナメてかかったけど、2時間弱くらいかかったわ。しかもなんか寒いし。するとタイミング良く硫化水素の臭いが。温泉街でござるな。

公園みたいなところに日本一長い足湯がありました。地元の方の憩いの場みたい。しかし辺りはもうむせ返るほどの硫化水素臭。温泉の臭い嗅ぐと「硫黄の臭い!」って言う人いるけど、あれは硫化水素の臭いだからね。最近流行ったあの硫化水素だよ。
周りを見渡すとあちこちに湯気が噴き出してる温泉宿が沢山あるし、結構な温泉街ですな。ここなんて場所なんだろ。

オバマ温泉・・・。源泉の熱量は世界一らしいです。

オバマ温泉からは雲仙のワインディングを楽しむ・・・はずが、日も傾いてきてものすごく寒いのなんの。登れば登るほど濃くなる霧と下がる体感温度。きっと晴れていれば絶景が待っていたかと思うと残念無念士気低下。

オバマ温泉手前、千々石展望所から撮ったおそらく雲仙方面(普賢岳?)であろう写真。

山の合間には温泉街があったり、ワインディングも走り甲斐のある内容で、またの機会には必ずリベンジしたいスポットとなりました。

そのまま山道を反対側の島原方面へ。島原もお城があったりと見所がありそうですが、日が傾いてきた上にクソ寒いので華麗にスルー。折角諫早まで来たんだから、昔ニュースでズダダダダって海をちょん切った干拓堤防を見に行かなきゃ!と思って走ってみたものの天気悪いし、干拓側は水の色悪いし、なんだか霞ヶ浦あたり走ってるような気分になったので写真が一枚もありません(早く帰りたかった)。

最後は我慢大会みたいになりながら、長崎の街に帰りました。
晩ご飯は確か駅前で回転寿司食った気がする。

長崎〜雲仙〜諫早 まとめ

なんだか後半の中途半端加減が後味悪いですが、きちんと計画的に走れば山あり海あり、温泉あり干拓ありの盛りだくさんスポットだと思うんだよなー。南島原から天草に渡るルートなんてのも面白そうです。

メーター読み:182km

知らない土地を無計画に走るのは一人旅の醍醐味ですが、それ相応のリスクがあることを学ばなくてはならないのです。

これでやっと1/3くらいです。
続きはまた来週。

未踏の地・九州を走り切るツーリング 3日目(博多~久留米~長崎)

3日目:博多→長崎

そういえばビジネスホテルに一人で泊まったのって初めてだったかもしれない3日目の朝。お天気も宜しく、お世話になった宿から早速出発です。

本当は昨日行こうか悩んだ太宰府に向かいます。博多市街地周辺は都市高速(首都高的な)が走ってるので、太宰府まではすぐ着きそう。ETC割引されちゃったりして良いことずくめですね・・・と思ったら、

ETCゲートが開かないでやんの。

バーをギリギリで避けながら、狭小三角地帯みたいなところで荷物おろしてシート下からETCカード取り出して料金所のオジサンに平謝りして。おっちゃんがいい人だったのが救いだわ「やーやーwこればっかりは機械が悪いからしゃーないよなwww」だとさ。お手数掛けました。このETCで開かなかったのこれで二回目か。正直怖い。

太宰府天満宮

平日午前中だけあって、参道はあんまり人気がないです。こういう閑散とした観光地って良いですよね。独り占め感とかそういうんじゃないんですけど、ゴミゴミしてる時とはまた違った表情が見えたりしますよね。まあここ来るの初めてなんですけど。

などとフラフラ想い耽っているうちに、観光バスで押し寄せた中国・韓国人観光客で一気に賑やかになりました。

太宰府天満宮は京都の北野天満宮と並んで菅原道真公を祀った全国天満宮の総本社ですね。お勉強の神様です。菅原道真と牛が縁深いというというのは聞いたことあったようななかったような。

菅原道真と牛との関係は深く「道真の出生年は丑年である」「大宰府への左遷時牛が道真を泣いて見送った」「道真は牛に乗り大宰府へ下った」「道真には牛が よくなつき、道真もまた牛を愛育した」「牛が刺客から道真を守った」「道真の墓所(太宰府天満宮)の位置は牛が決めた」など牛にまつわる伝承や縁起が数多 く存在する。これにより牛は天満宮において神使(祭神の使者)とされ臥牛の像が決まって置かれている。
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%A4%A9%E7%A5%9E%E4%BF%A1%E4%BB%B0

というわけで、境内には至る所に牛さんがいます。

太鼓橋という立派な橋を渡ります。本殿?までが長い。

この境内に植えてある木はどれも立派。どれもこれも相当な年代物なんでしょうね。木陰が作り出す涼しい空気と相まって、言葉にできないような迫力を感じる。

この迫力をお伝えする写真が取れていないのが残念。

いくつ目かわからない鳥居をくぐります。
外国人観光客のみなさん、鳥居ごとに写真撮ってる気がするんだけど、どーすんだよそれ。

立派な門。楼門というそうです。

本殿です。相変わらず日本人の比率が低い。

お参りしましょう。
神社のこの手洗う所(手水舎というらしい)って好きなんですよ。

ここまで来て別に斜に構えるつもりもないんだけど、こういう歴史の深い社寺仏閣に来ると、いつの間にか雰囲気に飲まれて、姿勢を正したような糞真面目な気持ちになってしまうのです。

というノリのまま、「折角だから絵馬でも」と書いた内容は今でも思い出すと恥ずかしくて背中がかゆくなる。あー1人で良かった。

実はこの太宰府天満宮の裏手にある山の上には九州国立博物館があるとのこと。境内の脇から、山の中を走るエスカレーターで行けるみたいです。

登りの次は動く歩道的なのもあります。横の壁に色とりどりの光が流れていて飽きない、が、人気がなさ過ぎて少々不気味。

しかし大層立派な設備だな・・・。博物館も国立だし、期待が膨らみますな。

と、

・・・休館日でした。もうね、曜日感覚ってものが完全に欠落してるんですよ。この日は月曜日。お役所はお休みで御座いますね。

激しくシケたので、茶屋で名物の「梅が枝餅」と抹茶のセットで落ち着きを取り戻す。小腹が埋まればいいやと思ってたけど、この梅が枝餅ってのがなかなか美味しい。構造はモナカの中に饅頭が入ってて、それを注文受けた後にプレス機見たいので焼いてるみたいです。お土産にしようと思ったけど、ちと高い+ナマモノ扱いなので今回はパス。

次の目的地に向かいましょう。

大宰府庁舎跡〜久留米

そもそも大宰府ってのは昔の地方行政機関ですよね。外交とか、防衛とか、左遷とかね。太宰府市ってどうしても天満宮に目がいくけど、庁舎跡も見ておかないとね。大昔の地方都市跡だなんて歴史のロマンがあふれて胃もたれしそうだろ?

天満宮から庁舎跡まではものの数キロです。バイクならピョロピョロっと走ればすぐ着く。

着いた。

・・・が、

なんというか、ただの広場ですねこりゃ。
石碑とか立ってるけど、どうなんだろうねこれ。ざっと調べた限りではここに建物があったのはあったみたいね。ただ、その周りに形成されたであろう都市については、偉い先生が一生懸命議論してるレベルみたい。

まあ、千何百年も前のお話ですからね。

太宰府を堪能しましたので、次の目的地へ。
今日のお昼こそはご当地ラーメンを食べたいと思います。出発前に九州出身の連中に聞いた話では、「一番九州ラーメン”らしい”のは久留米」とのこと。

太宰府ICから九州自動車道で鳥栖ICへ、そこから国道3号を走って久留米市内へ。結構クルマ多いのね。鳥栖って佐賀県?だけどその先の久留米は福岡。

沖食堂さんです。
博多の二の舞にならないようにしっかり下調べしました(食べログで)。もう完全に町の食堂です。これ絶対旨いだろ。

メニューはラーメン、焼きめし・・・おにぎり?・・・うどん??
いろいろあるみたいです。
ラーメンと焼きめしを注文。てかラーメン380円て安いなー。昨日の一風堂とは一体何だったのか。焼きめしと合わせても820円です。

これね−、すげー濃いのよ。何が濃いの?って言われてもよくわかんない。コクがあるっての?それも違う気がする。でも後味さっぱり。口の中嫌な感じにならない。九州の豚骨ってのは濃いのにさっぱり!みたいのがミソなのかな。

もちろん胃袋キャパオーバーです。腹裂けるかと思ったわ。

胃袋も満たされたところで、福岡県ともお別れです。
佐賀県に行きましょう。

何もない県? 佐賀

この九州ツーリング前の下調べの時に、佐賀出身の会社の先輩に佐賀の見所を聞くと「あるわけねーだろww佐賀だぞw 強いて言えば呼子のイカかな?」とのこと。

いやいや、あるじゃないですか良いところが。

吉野ヶ里遺跡です。中学の教科書そのまんまの風景ね。遺跡周辺は公園として運営しているようです。勿論平日の15時過ぎにお客などほぼ皆無。雰囲気が雰囲気なだけに、1人で歩いてると非常に不気味。でも消化試合的にさっさと済ませてしまうのも勿体ないし・・・と悩んでいると案内のおばちゃんが登場。

「どこから来たとですか?」
『神奈川です』
「あらまた遠くから!1人で?オートバイかい?」
『ええまあ』
「わたし出身茨城なんですよ!」
『!?』

てな具合に会話が変な方向に転がりはじめ、見張り櫓の上で遠くに見えるであろう有明海を望みながらおばちゃんのこれまでの史跡めぐりについて話を聞くことに。どうやらこの人はこの遺跡の従業員さん?で、出版社やら教科書やらその辺に関わってた人みたい。世界各国の史跡はかなりまわったらしく、かなりアクティブな方でした。

「家の中の造りなんかもよく見てみて」なんて言うもんだから、薄明かりの中覗いてみたら蝋人形が三体くらい座っててマジ小便漏らすかと思った。またこの展開かよ。マジでこういうの止めろ。

発掘の実績から、このエリアの北に行けば行くほど重要な土地や重要な人物の墓が出るそうで、一般住居エリアの北側には祭壇があり、そのさらに北には銅剣や勾玉が出土した重要人物の墓がありました。

だだっ広くて1人で歩くと不気味この上ないんだけど、大昔の人の跡がこうして発掘されるのって凄く不思議な感じだね。またしても歴史のロマンでお腹いっぱいになってしまいました。

「もともとはね、ここは畑で、工業団地作ろうと思って穴掘ったらいろいろ出てきて大騒ぎになったんよね」
『へーそうだったんすか』
「今歩いてきた道とか掘ったら棺だらけだったんよ^^」
『!?』

お客さんの多い日に、お友達やご家族との訪問をお勧め致します。

長崎への道

遺跡おばちゃんと喋り込んでたら随分日が暮れてきてしまったので、会社の先輩イチオシの「呼子のイカ」は今回スルーと致しました。目指すは宿の予約を入れてある長崎市街です。

と、言っても吉野ヶ里遺跡最寄りのICから高速に乗って、ピャーッと走るだけなんですけどね。走るだけなんですけど、さすが「今日も雨だった」と言われる長崎。だんだん雲行きが怪しくなってきたので先を急ぎます。

只でさえ雨が降ると辛いバイクですが、今回長崎で雨に降られると辛い理由がもう一つあります。それはこのツーリングの目的の一つである軍艦島クルーズの船が出航してくれなくなる事。軍艦島についての詳細はリンク先をご覧下さいませ。最近になってようやく一般人でもお金を払えば訪れることができるようなったところなのです。

御託を並べてるうちに高速道路は山を縫い、長崎バイパスを経て長崎の街へ。

長崎は今日も・・・

雨で御座いました。まあタダで済むとは思ってなかったよ。長崎だけに。
ただ、駅前の東横インに着いた途端にバシャバシャ降ってきて、ほんとに秒単位の差で濡れずに済みました。助かった。写真は荷物を置いて中華街をフラフラしていた時に撮ったもの。流石に平日夜は人通りも少ない上、時間も時間(20:30くらい)だったので、寂しいを通り越して若干不気味でした。

長崎の食べ物と言えば?と考えて思いついたちゃんぽんですが、個人的にはこりゃすげーうまい!ってものでもなかったかな・・・てかそもそも魚介が煮込んであるような料理がちと苦手。でもスープが美味しくて、そっちの印象が残ってます。

この日の天気予報では翌日も午前は若干雨が残るかな?的な天気。
雨の中走っても辛いだけなので、長崎に連泊して観光しつつ、軍艦島クルーズに出航できる機会をうかがうことにしました。

3日目 福岡〜長崎まとめ

メーター読み:212km
移動距離長いように見えて、実はあんま走ってないですね。

続きはまた来週。

未踏の地・九州を走り切るツーリング 2日目(新門司~大分~福岡)

2日目:九州上陸→大分→福岡

てなわけで九州に上陸。
どこのフェリー乗り場にも似た殺風景な港を抜けると、聞いたこともない地名の並ぶ道路表示。いやー、遠くに来たって感じがするね!今走ってる周りの風景、どれも初めて見るものばかり。周りにいる人、みんな俺のこと知らない人ばかり。文字にするとバカみたいな話だけど、旅行ってこんな事が楽しかったりするんだよね。

最初の目的地に向かって国道10号を南下。左手に海。右手に田舎町。周りは大型トラックばっかりで、雰囲気は茨城の鹿島とかあんな感じ。慣れたら何も面白くない道なんだろうけど、知らない土地の生活道路はそれだけでエンターテイメント。

日豊本線と併走すると、最初の目的地。

中津城

なんという俺の城・・・。

嘘です。全く縁もゆかりもありません。完全に名前だけで選んだ目的地でした。

 

天守閣が落ちそうです><

お城の周りは歴史的な建築物やらをきちんと保存しているらしく、綺麗に整備されてました。お寺巡りコースとかいろいろあったけど全く事前知識がないので華麗にスルー。

つーか、革ジャン着てフラフラ散策するとスゲー暑い。通りすがりの女子中学生に「今時ライダースとか流行んなくね(プークスクス」とバカにされるなど。流行廃りで着てんじゃねーよこのイモが! 僕の頭もブーツの中も沸騰しそうになりかけると、次の観光スポットに到着。

福沢諭吉の家

福沢諭吉って大分出身だったんですね。建物の所々に幼少の頃のお話が書いてあるんですが、「諭吉が勉学に励んだ蔵」の中を覗いたら薄明かりの中に蝋人形が正座してて小便漏らすかと思いました。こういうのはマジでやめろ。

生家の隣にはその後の業績やらを展示した資料館があります。わかりやすくまとめてあるビデオが上映されていたので、先客のオッサンとボーッと眺めてみたり。難しい顔をしてしまうような展示物の後、出口では一万円札グッズが売られてました。一気に俗な気分に戻してくれて助かります。

街中を一通り散策し、満足したのでバイクを置いた駐車場へ。
あれ、横になんかお店がある。

蓬莱園

蓬莱観は、明治15年に建築された劇場で、当代きっての歌舞伎役者や有名な役者たちが続々興行をし、近隣はもとより大分、別府からも客足が途絶えなかったといいます。
 関西、九州で屈指の蓬莱観も、戦時中の強制疎開により建物の取り壊しに合い、その華麗な歴史に幕を閉じました。戦後になって庭園として整備され、園内には桜の木が多く、特に江戸彼岸桜の楊貴妃といわれている木があります。
 中津市は、中津城石垣の修復・遊歩道整備と合わせ、周辺の散策コースとして蓬莱観(有)所有の庭園(蓬莱園)を管理し、皆さんに公開しています。ごゆっくりご鑑賞ください。
http://www.city-nakatsu.jp/modules/tosikeikaku/index.php?id=18

今は庭園兼、カフェになっているようです。

散々歩いて喉がカラカラでござる。
抹茶ラテを注文。

建物も水回りが綺麗になっていたり、内装が整備されていたり、かなり手がかかってる印象。市内散策の後の休憩にはもってこいのスポットですね。でもさすがに休日の昼間に革ジャンで入ったのは不味かったですね。他のお客さんの視線が痛いです。

中津駅で両親に絵はがきを出してから出発。
旅先でのちょっとした恒例行事。

中津〜平尾台

中津の街からは元来た道を戻るルート。平坦な国道10号、ちょっと飽きてきたけどキョロキョロ周りの景色を楽しみながら移動。地方チェーンのお店とかみつけると目新しくて楽しい。九州には各街に「ゆめタウン」ってショッピングモールがあるんだね。関東で言うイオンみたいなもんか。至る所にど派手な看板がある。

行橋あたりで国道10号にお別れして平尾台方面へ。平地から一気に山の風景になる。春らしい陽気の中、農村風景を楽しみながらのんびり走ってるとお花畑発見!

休耕田が見事なレンゲ畑に。こういうちょっとした寄り道が無計画お気楽ツーリングの良いところです。

少し走ると平尾台に到着。

平尾台は日本三大カルストのひとつ。あと二つは山口県の秋吉台と去年走った四国カルスト。これで三大カルストのうち二つを制覇!カルストってなあに?っていう人はwikipedia先生にでも聞いて下さい。

四国カルストはかなりの見応えだったからここも期待してたんだけど、道路が狭い+急勾配で、バイクを置いてゆっくり写真撮れるような場所がなかったのです。駐車場にバイク置いてプチ登山コースを歩けば良かったのかもしれないけど、そこまでする気力も無し。

駐車場で休憩してると地元スペシャル(笑)的なリッターNKのオジ様方が年甲斐もなくブォンブォンやり始めたので退散。あの層はほんとどうしようもない、という僕の偏見はいつなくなるのだろうか。

志賀島

平尾台から九州自動車道で一気に博多近くまで移動。博多から博多湾を挟んだ北に位置するのが志賀島。九州本土とは「海の中道」という道路一本でつながってます。道の両側が砂浜です。

この志賀島、古くは金印が発見された土地として有名。だそうで、そういえばそんなの中学生の時に習ったような。というわけで、この島には「金印公園」てのがありました。

海を挟んで博多の街が見えます。手前の変な形したが金印の像?でいいのかな。
公園の脇には海産物を手売りしてるおばちゃんがいたり。

この島、小さいのでバイクですぐクルッと回れます。
途中にバイクの集うホットドッグ屋さんがあったので寄ってみる。

ママドックというお店でした。早速注文。

ひとっ走りして、ホットドッグとコーヒー。確かにバイクが集まりやすい条件ですな。こういうのに弱いよね。

もうちょい島を走ってみる。島の西側の海は玄界灘。
海水浴場があったりします。

駐車場にはバイクがいっぱい。博多周辺のバイク乗りのツーリングスポットみたいです。

さらに走って島の山の上へ。

さっき走ってきた海の中道が見えますね。この頃は絞って撮ってる事が多かったから、レンズの汚れがくっきり出てますね・・・。解放で撮れば目立たないのに・・・。

さっき通り過ぎた玄界灘の砂浜へ。良い夕日が拝めそう。

沈む日を眺めながらボディボード?の練習に明け暮れる青年。肩を寄せ合う男女。あれ?親子にしてはベタベタしすぎですよね?そして明日の宿探しに励む俺。東横イン長崎駅前をゲット。

こんな遠くに来ても同じように日は落ちるんですよね。関東に住んでると西の海に日が落ちるってのはなかなか見られないのかも。

さて、今夜の宿に向かいましょう。

夜の博多・中州・天神

まあ大層なサブタイつけましたけど、結局散歩してラーメン食っただけです。
客引きは新宿あたりと変わらん。

中州には屋台が並んでいましたが、ガヤガヤ楽しそうな所にヨソ者一人で入り込む勇気もなく、残念ながらスルーしました。

お目当てのラーメン屋さんが日曜定休日だかなんだかでお休みだったので、仕方なく何処でも食べられる一風堂に来てしまいました。ラーメンと餃子で1500円って・・・観光客じゃないと入らないだろ。完全にラーメンバブル時代を引きずってますね。さすがにお味は無難なところでした。
博多の街は賑やかで活気があって楽しげですが、雰囲気は「土地にゆとりのある新宿」みたいな感じ。あんまり面白くなかった。

2日目 まとめ

メーター読み:234km
これくらいが健康的な走行距離ですよね。

続く。